適切なタイミングで間違えることの価値

 こんにちはわーい (嬉しい顔)
 クラブ活字を読む習慣がなく「勉強が苦手」だけど学ぶのは好きな子のためのマナビノバ『共育学舎BCI』を主宰する、学びの土台ビルダーの小杉ですクラブ
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 今日は非常に寒い一日でしたね。
 明日も寒いようですので、体調には気をつけてくださいね。

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 さて以前ブログで「正解至上主義が、『ググる』等の答えに直結する方法で(自分の頭を働かさず)答えのみを求める」「正解至上主義によって間違えることを過度に恐れ、〇×がつかない白紙の状態で出す」等の行動を子どもにさせているのではないか、との内容を書かせていただきました。(→正解至上主義に陥らないために)
 そして正解至上主義の背景にあるのは「間違い/失敗=悪」との思い込みではないか、と私は考えています。

 「間違い/失敗=悪」との思い込みは根深く、「間違い/失敗=自分の『分からない』が詰まった原石」との認識に改めるのに、非常に多くの時間を要します。また「間違い/失敗=悪」と考えていると、自分の力以上のものに中々挑戦せず現状維持となってしまうため(学習内容が先へ進むことを考えると後退とも言えるかもしれません)、学力が伸びない要因ともなります。
 これらの意味で、非常に厄介な思い込みであると言えます。

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 上述のように私は、「間違い/失敗=自分の『分からない』が詰まった原石」だと思っています。そして(変な表現かもしれませんが)「分からないことは、適切なタイミングで間違えてほしい」と感じています。

 小学校で行うカラーテストや漢字テストは、子ども達から適切なタイミングで間違えることを(結果的に)奪っている最たる例だと、私は感じています。
 カラーテストは「直前に学んだ内容が身についているかどうか」を確認するテストです。そのためよく理解していない内容でも、直前にやった内容を覚えてさえいれば、ある程度点数が取れてしまいます。親御さんからすると「点数が取れている=理解できている」と考えるのは当然のことであり、仮に理解できていない部分があったとしても、それは見逃されてしまいます。
 また漢字テストも直前に詰め込んだり、ある程度形を覚えていれば書けてしまいます。そのため漢字テスト以外の機会でその漢字と出会っても、読めない・書けないことが子ども達を見ていると多々あります。

 今例に挙げた2つの問題点は、「積み重ねが前提となる学校の学習において、その場だけでしか正解できない情報になっていること」です。つまり死んだ知識となっている点です。
 カラーテストの目的は「ある単元を学んだ後にしっかり身についているか」を確認すると共に、「その単元の内容を関連する単元でも活用することができる状態(=生きた知識)となっているか」も問われているはずです。また漢字は本を読んだり、文章を書いたりするための手段であり、それには漢字の持つ意味やその漢字を使った熟語の意味が身についていなければ、ある漢字が身に付いたとは言わないはずです。すなわち正解に至る方法を知っていることと、知識として身に付いていることは全くの別物である、ということです。

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 小中学校ともにカリキュラムが増え、正解に至る方法ばかりが重視される風潮は致し方ないようにも感じます。しかし同時に小中学校の学習は土台となる内容が多いからこそ、「分かっていないのであればそこを変に誤魔化さず、しっかりと間違える。その上で何を間違えたのか、何故間違えたのかを分析し、自分に必要なエッセンスを抽出してほしい」とも感じてしまいます。

 分からないことを間違えるのも、大切な学習の一環です。それを是非知っていただきたいです。

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 世田谷区の桜丘2丁目で活字を読む習慣がなく「勉強が苦手」だけど学ぶのが好きな子の強みや長所を活かしながら、学びの土台を築くサポートをしています。(→学びの土台についてはこちらを参考にしてください)

 その中でも特に「自分の好きなことを、楽しそうに話してくれる子」「(大人数よりも)少人数の時に輝く子」と共に学びたいです(不登校の子も大歓迎です)♫
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正解至上主義に陥らないために

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 梅雨に入り、すっきりしない天気が増えましたね雨
寒暖差が大きくなっておるので、体調を崩さないようご注意くださいね。

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 さて先日下記のブログで、正解至上主義が「どんな手を使ってでも答えにたどり着く」、または「白紙で提出する」といった一見正反対に見える行動に繋がるのではないか、と書きました。(→「白紙の解答」について考えてみたこと)

 では正解至上主義に陥らないためには、どうしたら良いのでしょうか?それは「間違いに対する、正しい認識を持つこと」、そして「間違いをそのままにしない習慣を身につけること」の2つではないかと思います。

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 まず「間違いに対する、正しい認識を持つこと」についてです。

 塾で子ども達と関わっていると、稀に「間違い=いけないこと」「間違い=悪」と捉えている子に出会います。この思い込みは本当に強固で、厄介です。取り去るのに数年かかりますし、過度に間違いを恐れることで成長が阻害されてしまいます。
 しかしそもそも間違いはそんなにいけないことでしょうか?私はそうは思いません。

 間違いはその時点で知らない知識や考え方が詰まったものです。そのため「何を知らなかったのか」「どんな考え方をすべきだったのか」を分析し、次回に活かせる形にすれば良いだけのはずです。
 問題なのは、間違いをそのままにし、次回も同じ(ような)間違いをすることです。「間違えること」と「同じ間違いをすること」の間には明確に線引きをしなくてはなりません。

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 また「間違いをそのままにしない習慣を身につけること」についてですが、前述のように間違いは「その時点で知らない知識や考え方が詰まったもの」です。すなわち自分にとっての成長ポイントが詰まっています。

 しかし間違いを間違いのままの状態にしていては、それを成長につなげることはできません。上記の内容と重複しますが、間違いに関して「何を知らなかったのか」「どんな考え方をすべきだったのか」を分析し、次回に活かせる形に昇華させる。それによって間違いを次に繋げられます。

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 「間違いに対する、正しい認識を持つこと」と「間違いをそのままにしない習慣を身につけること」は、両輪のような関係ではないかと思います。
 間違いに対する正しい認識を持つからこそ、間違いに向き合う勇気を持て、次回に活かせる形に変化させられる。間違いをそのままにしない習慣を形成する過程で、間違いに対する正しい認識が身につく。このように互いに影響しあうものだと私は考えています。

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「白紙の解答」について考えてみたこと

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 今日は生憎の雨模様ですね雨

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 さて私の思い過ごしかもしれませんが、塾を始めた当初と比べてここ数年、白紙の解答を出す子が増えたように感じます。分からないのは仕方がないにしても、思考の形跡が全くない状態に、「読み取った情報を整理したり、図に起こす等の工夫は少なからずできるのではないか」と感じます。

 特定の子に限らず白紙で提出する子が明らかに増えたため、私なりにその背景を考察してみました。そしてその背景には「正解至上主義」があるのではないかと感じるようになりました。

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 正解至上主義は私が考えた言葉ですが、「正解こそが絶対!間違いは悪」と思い込むことと私は考えています。その正解至上主義は2つの、一見両極端に見える行動としてあらわれると私は思っています。

 1つ目は「どんな手段を使ってで も、正解すれば良い」です。前回のブログに書いた和文英訳の問題でGoogle翻訳を使ったケースを紹介したと思いますが、それが最たる例です。
 正解することが目的化し、たとえ自分の頭で考えた答えでないとしても正解できれば安心と考えます。安心自体は得られるかもしれませんが、自分の力で解いたわけではないため、再度同じ問題にぶつかっても解くことはできません。

 2つ目は今回のテーマである「白紙で提出する」です。
 白紙で提出する限り、×がつくことはありません。×がつかない限り〇しかない、すなわち「自分は正解し続けている」との安心につながるのではないかと推察していています。
 しかしこれも1つ目と同様に非常に短絡的な発想です。失敗を避けて挑戦しなければそもそも×はつきませんし、自分が解ける問題が〇ばかりだからといって、それが成長に繋がっているとも限りません。(寧ろ挑戦を避けている時点で、成長はできないと私は感じています)

 いずれにしても、学習に望む姿勢として、あまり好ましい状態ではありません。

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 子ども達が「正解至上主義」に陥っていると仮定した場合、その背景にはカリキュラム増による時間的なゆとりの無さがあるのではないかと思います。そしてそれにより最短距離で正解に辿り着く方法ばかりが優先され、子ども達が間違いから学ぶ機会が減少する。そうした状況が、子ども達を無意識のうちに「正解至上主義」に染めてしまうのではないかと思います。

 学習する上で、間違えることは非常に大切です。
 間違えるからこそ自分の理解できていない部分が判明し、それを分析することが可能となります。分析した結果は次回に活かすことができ、それが新たな学びの扉を開いてくれます。また間違いを分析し、次回に活かす過程自体も、非常に有用です。

 私は間違えられることこそが、学生の特権だと思っています。学生時代はたくさん挑戦して、たくさん失敗し、失敗耐性を身につけると共に、失敗の活かし方を学んでほしいです。

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「間違う」「分からない」って、そんなに悪いこと?

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 さて塾をしていると、稀に「間違うこと」や「分からないこと」を心底嫌がる子がいます。しかし私自身は「間違えたり、分からないってそんなに悪いことだろうか?」と思っています。
そこで今回は、私が「間違うこと」や「分からないこと」についてどう考えているかを書かせていただきます。

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 まず私は今、英検準1級の勉強をしています。今でもそれなりに英文は読めますが、もう少し色々な文章を読めるようになりたいと思ったのがきっかけです。問題集を使って勉強していますが、問題文の英語は読めても、選択肢の英単語が難しくて意味が分からず、本当によく間違えます。苦笑
また世の中のことをもう少し詳しく知りたいと思って、日本史と世界史も勉強しています。ただ私は歴史が大の苦手で、参考書や本を読んでも分からないことだらけです。それを別の本等で1つ1つ解決しながら進めるため、私の勉強は亀の歩みで非常にゆっくりです。
塾で働いていると「勉強が得意な人間」と見なされがちですが、私は今でも本当に分からないことだらけですし、よく間違えます。それが実情です。

少し話が逸れましたが、塾で働いていてもこのように分からないことがたくさんあったり、間違うことがある現実を知っていただきたかったので書きました。

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 では本題の「間違うこと」や「分からないこと」についてどう考えているかです。
まず「間違うこと」について。私は「間違い」は成長する上で欠かすことのできない、重要なプロセスだと思っています。間違わないのは確かに理想的ですが、反面それは挑戦していないからこそ間違わずに済んでいると言えるかもしれません。さらに「しっかり自分の頭で考えた上での間違い」であれば原因を分析でき、それは次回に活かすことができます。そうすればそれは間違いではなく、正解への足掛かりとなります。
つまり間違えること自体に良いも悪いもなく、大切なのは「間違いを次回に活かすこと」です。

また「分からないこと」に対しても、「『今』分からないだけ」と考えています。
例えば「昔は分からなかったけど今は分かる」ということが誰しもあるのではないでしょうか?そのように経験を積むことで、ある瞬間から「分かった!」となることは往々にしてあります。「分からない」状態でいることは不安かもしれませんが、全ての内容を学んだ瞬間に理解できるわけではありません。わざと時間を置くことで解決することもあります。

長くなりましたが、「しっかり考えた上での間違いであればOK。原因を分析すれば、それは正解への足掛かりになる」「分からないのは、『今』分からないだけ。時間が解決してくれることもある」。この2つが私の「間違うこと」、そして「分からないこと」に対する考え方です。

最後に私が好きな絵本のリンクを貼っておきます。
『教室はまちがうところだ』

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